吉野山
吉 野 山
奈良時代、役の行者(役小角)によって開かれたという
大峰修験道場の玄関口。西行法師、松尾芭蕉の歌枕で広く
知られ、源義経、後醍醐天皇ら、戦さに敗れた貴紳が落ち
延びた地でもある。現在「紀伊半島の霊場と参詣道」の
コア・ゾーンとして世界遺産登録を目指している。
WIDTH="300" HEIGHT="225" ALT="吉野山の紅葉" NATURALSIZEFLAG="0" ALIGN="BOTTOM">
蔵王堂(国宝・桃山時代再建)
WIDTH="400" HEIGHT="300" ALT="蔵王堂" NATURALSIZEFLAG="0" ALIGN="BOTTOM">
金峯山修験本宗総本山・金峯山本堂。
寺伝によると白鳳年間に修験道の開祖、役小角の創建と
いわれており、平安、鎌倉時代を通じて隆盛をきわめた。
重層入母屋桧皮葺、棟の高さ34mは東大寺大仏殿に次ぐ
木造古建築であり、吉野山における最重要施設である。
銅(かね)の鳥居(国重要文化財・室町時代)
WIDTH="300" HEIGHT="225" ALT="銅の鳥居" NATURALSIZEFLAG="0" ALIGN="BOTTOM">
安芸厳島神社、大阪四天王寺の鳥居と並んで日本三大鳥居
のひとつといわれ、高さ約8mの柱の周りが約3mに達す
る。あまりの大きさのため、この鳥居は奈良東大寺の大仏
の鋼材の余りで造られた。発心門のほか、ここから山上ヶ
岳まで約30kmの間に修業門、等覚門、妙覚門の仏道四門が
ある。扁額の発心門とは、仏弟子になる心を発するという
意味で、弘法大師の筆になるという。